金正恩専用機「チャムメ1号」ことイリューシン62性能は?

金正恩専用機「チャムメ1号」ことイリューシン62性能は?

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北朝鮮の動きが活発化!金正恩の外遊を支える足とは?

史上初の米朝首脳会談がシンガポールで開催されることが決まり、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が「初遠征」で専用機を利用するかどうかに注目が集まっています。日本では、政府専用機は、B747いわゆるジャンボジェット機です。北朝鮮が使用している。IL62(イリューシン62)とはどんな飛行機なんでしょうか?

イリューシン62「チャムメ」

正恩氏の専用機は、北朝鮮の国鳥の名を冠した「チャムメ(オオタカ)1号」。旧ソ連で開発、製造された航空機「イリューシン62型」を改造したものです。

北朝鮮金正恩専用機イリューシン62

正恩氏は、平壌から約350キロ離れた中国・大連で7、8日に習近平(シージンピン)国家主席と会談した際、同機を利用。最高指導者としての2回目の外遊で初めて航空機で移動した。

露政府系の航空機メーカー「イリューシン」によると、航続距離は1万キロ・メートルを超え、乗客や荷物を満載した場合は7800キロ・メートルになります。平壌―シンガポールは約4800キロ・メートルで、基本性能としてはシンガポールへの直行も可能です。

機体の概要

エンジン4基をまとめて後部に装備する独特な形態ですが、これはソ連のスパイが入手した、イギリスのヴィッカース社が先に設計を進めていた大型ジェット旅客機VC-10の設計図に範を取ったことによります。また細長いいわゆるナローボディー型であるため、機内の通路は中央のみで、客席は3-3の横6列配置となっている。

総生産数は210機以上で、アメリカ製ジェット旅客機との競争の末に短命に終わったVC-10を遙かに上回る数が製造されました。スパイまでされた航空機の末路にちょっと同情を感じてしまいます。

開発は1962年に始まり、初飛行は1963年1月に行われた。しかし、ソ連にとって初の大型ジェット旅客機であることもあり、量産移行までは手間取り、量産機の初飛行は1964年でした。

航空評論家のセルゲイ・クルトウソフ氏は「シンガポールまで十分直行できる能力がある。古いエンジンのため燃費は良くないが、丁寧に整備していれば安全面で全く問題ない」と太鼓判を押す。

初飛行が1964年ということですが、同じように初飛行自体は日本の政府専用機のB747も1969年なので、基本設計は同じくらいですが、整備や機体のアップデートを実際どの程度行っているかが気になるところですね!

父、正日と違い飛行機派の正恩

正恩氏は、飛行機嫌いで列車を多用した父の金正日(キムジョンイル)総書記とは対照的に航空機を利用してきました。2015年7月には朝鮮人民軍による戦闘飛行術競技大会に出席するため、チャムメ1号で現地入りしています。16年2月に「光明星4号」(テポドン2改良型)を発射した際は、北西部・東倉里(トンチャンリ)の発射場まで同機で駆けつけています。

父と違い最近の感覚の持ち主といったところでしょうか、確かに地上の移動より、空路のほうがいろいろと安全な面は多いですしね!

実妹の金与正(キムヨジョン)・朝鮮労働党中央委員会第1副部長ら北朝鮮の高官級代表団が2月に平昌(ピョンチャン)五輪の開会式に出席した際は、同型機の「チャムメ2号」で訪韓した。北朝鮮国営の高麗航空はチャムメ1号を含め同型機を4機保有している。

安全性不安視も

正恩氏の専用機は製造から40年近くたっているとみられ、機体の安全性を不安視する声もある。

韓国紙・東亜日報などによると、正恩氏の最側近、崔竜海(チェリョンヘ)党副委員長が14年11月、正恩氏の特使としてロシアを訪問した際、チャムメ1号の故障でいったん平壌に戻った。

国連制裁の影響で高麗航空は最近、中国の一部など近距離での運航がほとんどで、パイロットの経験不足や整備体制の不備も指摘される。一般的に20年程度で機体を更新するが、北朝鮮は経済制裁で新たな航空機を外国から購入できない。

確かにパイロットの技術の維持には定期的な訓練や飛行機の運行が必要ですし、燃料代も結構かかりますよね!日本でもプロペラ機の訓練でさえ1時間で1回数万円かかります。一説によると、戦闘機クラスでは、人件費も含めると一回につき100万円かかることもあることを考えると北朝鮮の状態は、仕方のないことかもしれませんね!

聯合ニュースは、正恩氏が大連で習氏と会談した際、別のチャーター機と、長距離の運航に慣れた操縦士の提供を要請した可能性もあると伝えた。

イリューシン62開発経緯

イリューシン62型=米ソが核戦争の瀬戸際まで行った「キューバ危機」が起きた1962年、モスクワから約1万キロ・メートル離れたキューバまで直行できる旅客機を自国で作ろうと開発された。ソ連製で初めての大陸間を飛行できる長距離ジェット機。63年に初飛行、67年から量産された。ブレジネフ書記長やゴルバチョフ大統領ら歴代のソ連指導者の専用機として長く活躍し、旧東側諸国で広く使われた。ソ連崩壊後のエリツィン露大統領も乗ったが、専用機としては老朽化で95年に引退している。

旅客機として共産圏で活躍!

初の旅客運航は1967年3月10日、モスクワ – ハバロフスク、モスクワ – ノヴォシビルスク間で開始された。当初はアエロフロートのみが使用していたが、1968年にはチェコ航空が運航を開始し、その後アンゴラ、中華人民共和国、キューバ、北朝鮮など他の共産圏の航空会社も相次いで導入した。

しかし初期のIl-62は燃費が悪く、そのため新型エンジンを装備した機体が開発されることとなり、Il-62Mが1970年に登場した。より経済性の高いエンジン(D-30KUターボファンエンジン)に換装したことで燃費が改善され、西側の旅客機に劣らぬ競争力を手に入れた。また機内の各装備も更新されている。
1978年にはアビオニクスなどを改良したIl-62MKが開発されているが、西側諸国の機材のようなエンターテインメント設備や、騒音規制に適合したエンジンは手に入れることはできなかった。

意外と長寿

製造は基本設計が古い上に、その後もアビオニクスやエンジン、エンターテインメントに大規模な更新が行われなかったにも関わらず1993年まで続けられた。更新すら行われなかったのにこんな古い期待を作り続けるのはよっぽどの状況ですね!

原因として、1980年に後継機種として就航したIl-86用のバイパス比の高いエンジン(バイパス費が高いと燃費が良くなります。旅客機用のエンジンは髙バイパス、戦闘機用が低バイパスなのが一般的)の開発ができないために航続距離が伸びず、結果として中短距離路線にしか就航できずに終わったことから、後継機のIl-96が1990年代に運用開始となるまで、仕方なく設計の古いIl-62を長距離用機材として使用し続けたことが挙げられる。
その結果、元東側諸国の一部では西側のヴィッカースVC-10やボーイング707などの第1世代のジェット旅客機と開発年代が同じIl-62が、ボーイング747-400やエアバスA340が生産されている時点でも生産が継続され、ボーイング787やエアバスA350が就航した後も生き残るという現象が生じている。

ある意味クラッシックカーともいえる愛機に乗って、金正恩は、今日も世界を旅していくのでしょうね。

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